最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)1166号 判決 1984年5月29日
上告人
丸竹商事株式会社
右代表者
竹内美佐子
右訴訟代理人
倉橋春雄
被上告人
ナショナル・フットボール・リーグ・プロパティーズ・インコーポレーテッド
右代表者
ジェー・ロバート・キャリー
被上告人
ソニー企業株式会社
右代表者
長井滿洲彦
右両名訴訟代理人
久保田穣
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人倉橋春雄の上告理由第一点及び第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨はひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。
同第三点について
ある営業表示が不正競争防止法一条一項二号所定の他人の営業表示と類似のものにあたるか否かについては、取引の実情のもとにおいて、取引者又は需要者が両表示の外観、称呼又は観念に基づく印象、記憶、道想等から両表示を全体的に類似のものと受け取るおそれがあるか否かを基準として判断すべきものであることは当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和五七年(オ)第六五八号同五八年一〇月七日第二小法廷判決・民集三七巻八号登載予定)、また、ある商品表示が同項一号所定の他人の商品表示と類似のものにあたるか否かの判断についても、前示営業表示の類似判断の場合と同一の基準によるべきものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、(1) 被上告人ナショナル・フットボール・リーグ・プロパティーズ・インコーポレーテッド(以下「被上告人NFLP」という。)は、昭和三八年二月二〇日、アメリカ合衆国のナショナル・フットボール・リーグに加盟しているプロフットボールチームの名称及びシンボルマークからなる第一審判決添付目録(二)の一及び二記載の三〇種の表示(以下「本件表示」という。)を商業的利用のために管理する目的をもつて設立された会社であつて、本件表示を独占的に使用する権利及びこれを第三者に使用許諾する権利を有する、(2) 被上告人NFLPは、昭和四八年一〇月二日、被上告人ソニー企業株式会社(以下「被上告人ソニー企業」という。)との間に使用許諾契約を締結して、被上告人ソニー企業に対し、わが国における唯一の使用権者として本件表示の商品化事業を営む権利、すなわち本件表示を特に指定された商品に付して商品を販売する事業を営む権利及び本件表示を第三者に再使用せしめる権利を許諾し、同時に、被上告人NFLPによる商品の品質管理に服する義務、本件表示を第三者に再使用させる場合には再使用権者に対する厳格な品質管理をすべき義務などを課した、(3) その後、被上告人ソニー企業は、被上告人NFLPと業務提携して本件表示の商品化事業を企画することにした旨の発表会を大々的に行い、また、各種新聞雑誌に右業務提携についての広告をするとともに、バッグ、雑貨等に本件表示を付してこれらを販売した、(4) 被上告人ソニー企業は、昭和四九年一月一日以降、一業種一社と定めて、訴外内外編物株式会社その他の会社との間に再使用許諾契約を締結して、同会社らに対し、本件表示の再使用を許諾するとともに、被上告人ソニー企業による商品の品質管理に服すべき義務、販売商品に被上告人らの商号及び許諾商品である旨を英文字で表示した証紙を貼布すべき義務、前記商品化事業に携わる者であることを広告すべき義務などを課した、(5) 再使用権者は、昭和五一年末現在、第一審判決添付目録(三)記載の一九社となり、それぞれ一商品に一マークを付することにして、ティシャツ、トレーナー、セーター、靴下、エプロン、ネクタイ、靴、時計、ペナント、洋傘、レポート用紙、ノート、貯金箱などに本件表示を付してこれらを百貨店及び専門店で販売するとともに、被上告人ソニー企業から許諾を受けて本件表示の商品化事業に携わるものである旨を再三にわたつて各種新聞雑誌に広告した、(6) 被上告人ソニー企業及び再使用権者は、本件表示の商品化事業を成功させる方法を検討するため、NFLアソシエーションという団体を設けて月一回の会合を持ち、宣伝広告及び商品販売の方法等について意見及び情報の交換をするとともに、各種新聞雑誌に本件表示及びNFLアソシエーションの加盟会社名を掲載して本件表示の商品化事業の宣伝広告をし、また、一般紙、業界紙及び雑誌には、しばしば被上告人NFLPと被上告人ソニー企業との業務提携による本件表示の商品化事業が爆発的に成長している旨の特集記事が掲載された、(7) 被上告人ソニー企業は、再使用権者の本件表示の使用の方法及び態様、許諾商品の特定及び品質、宣伝広告の方法等について管理統制を行い、自己と再使用権者のグループの中核的な立場に立つて本件表示の商品化事業を推進してきた、(8) 本件表示は、遅くとも昭和五〇年初め頃以降、わが国において、単なるアメリカンフットボールチームを示すマークの域を脱して、少なくとも一般消費者に対する宣伝広告を必要とするような業界においては、被上告人ら及び被上告人らを軸とする再使用権者のグループ(以下「被上告人ら及び再使用権者のグループ」という。)の商品表示又は営業表示として広く認識されるに至つた、(9) 上告人は、昭和五〇年一一月中旬頃から昭和五一年一〇月六日までの間に、本件表示のうちの七チームのマークの多数個をその全面に千鳥状に配列印刷したビニール製シートをもつて組立棚枠の正面及び両側面を被覆してなる箱状の組立ロッカー(以下「本件ロッカー」という。)を販売した、(10) 被上告人らは、上告人の本件ロッカーの販売行為によつて、再使用権者に対する管理統制、本件表示による商品の出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を害されるおそれがある、というのである。ところで、右事実に基づいて考察するに、三〇種ある本件表示の各マークは、それぞれ図柄及びチームの名称を異にするものであるが、いずれもアメリカンフットボールのヘルメットをかたどつた共通の図形からなるものであるため、前示取引の実情のもとにおいては、取引者又は需要者が、本件ロッカーの表示を全体的にみて、同表示は本件表示の個々のマークと外観及び観念において同一又は類似のものを多数個使用するものと感得するであろうことが明らかであるから、前示基準に照らせば、本件ロッカーの表示の使用は、本件表示と同一又は類似のものを使用するものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第四点について
不正競争防止法一条一項一号又は二号所定の他人には、特定の表示に関する商品化契約によつて結束した同表示の使用許諾者、使用権者及び再使用権者のグループのように、同表示の持つ出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を保護発展させるという共通の目的のもとに結束しているものと評価することのできるようなグループも含まれるものと解するのが相当であり、また、右各号所定の混同を生ぜしめる行為には、周知の他人の商品表示又は営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一の商品主体又は営業主体と誤信させる行為のみならず、自己と右他人との間に同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存するものと誤信させる行為をも包含し、混同を生ぜしめる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前示原審の確定した事実関係によれば、被上告人ら及び再使用権者のグループは不正競争防止法一条一項一号又は二号所定の他人にあたるものというべきであり、また、右グループの中にロッカーを販売する者がいないとしても、上告人の本件ロッカーを販売する行為は、右グループと上告人との間に同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させるものと認められるから、右各号所定の他人の商品又は営業活動と混同を生ぜしめる行為に該当するものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第五点について
意匠に係る物品の販売行為が形式的には意匠権の行使と認められるものであつても、それが権利の濫用にあたるものであるときには、右物品の販売行為は、不正競争防止法六条所定の意匠法による権利の行使には該当しないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原審の確定したところによれば、(1) 本件表示は、昭和五〇年初め頃にはわが国において被上告人ら及び再使用権者のグループの商品表示又は営業表示として広く認識されるに至つたものであるところ、上告人は、昭和五〇年八月頃、本件表示の持つ強い顧客吸引力を利用する意図のもとに、第三者に本件ロッカーのデザインの作成を依頼してこれを完成させ、同年一一月中旬に本件ロッカーの販売を開始した、(2) 被上告人らは、上告人の本件ロッカーの販売当初から、上告人に対し不正競争防止法に基づきその販売の差止を請求しうる地位を取得していた、(3) 被上告人ソニー企業は、昭和五〇年一一月末頃、上告人に対し、本件ロッカーの販売は不正競争防止法一条一項一号及び二号に該当する旨警告するとともに、その販売を取り止めるよう要求した、(4) 上告人は、右警告及び要求を無視するとともに、当然予想される被上告人らの不正競争防止法に基づく差止請求等を免れるため、その対抗措置として、昭和五一年四月一日に本件ロッカーに係る形状及び模様の結合意匠について意匠登録出願をし、昭和五三年九月二〇日に意匠登録を受けた、というのである。右事実関係によれば、上告人の本件ロッカーの販売行為は、形式的には右登録意匠の実施にあたるとしても、権利の濫用にあたるものと解されるから、不正競争防止法六条所定の意匠法による権利の行使には該当しないものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第六点及び第七点について
不正競争防止法一条一項柱書所定の営業上の利益を害されるおそれがある者には、周知表示の商品化事業に携わる周知表示の使用許諾者及び許諾を受けた使用権者であつて、同項一号又は二号に該当する行為により、再使用権者に対する管理統制、周知表示による商品の出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を害されるおそれのある者も含まれるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前示原審の確定したところによれば、被上告人らは、周知表示である本件表示の商品化事業に携わる周知表示の使用許諾者及び使用権者であるところ、上告人の不正競争防止法一条一項一号又は二号に該当する行為により、再使用権者に対する管理統制、本件表示による商品の出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を害されるおそれがある者であるというのであるから、同項柱書所定の営業上の利益を害されるおそれがある者に該当するものというべきであつて、同項及び同法一条ノ二の各規定に基づいて差止請求及び損害賠償請求をすることのできる地位にあるものといわなければならない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(木戸口久治 横井大三 伊藤正己 安岡滿彦)
上告代理人倉橋春雄の上告理由
理由第一点 原判決には、判決の結果に重大な影響を及ぼす事項について、理由齟齬の違法がある。
1 原判決は、上告人の販売する別紙目録(一)のロッカーにおける全面柄模様を、「被上告人らを軸とする十九の訴外会社(第一審判決添付の別紙目録記載の訴外会社)の各自が販売している商品に、表示している柄模様」と比較して、両者が類似であることを理由として、右上告人のロッカーの販売行為を以て、不正競争防止法一条一項一号(商品の混同)及び二号(営業主体の混同)の場合に該当するものとした。(原判決理由の第一)
併しながら、右原判決が、上告人のロッカーの柄模様と比較して彼此類似であるとした物体は、第一審訴状添付の「別紙目録(二)の一、二」の表示、すなわち、「在米のプロ・フットボール・チームが、一チーム一種の割合で使用している運動競技団体用のマーク」であつて、十九の訴外会社が、現実商品に使用している表示(絵柄)そのものではない。
すなわち、原判決は、甲者のA表示(上告人のロッカーの表示)が、乙者のB表示(十九の訴外会社の商品の表示)と類似するかどうかを決するに当り、乙者のB表示ではない丙者のC表示(在米のプロ・フットボール・チームの使用表示)との比較によつて決したこと。すなわち、比較の物体の乙を丙と取り違えて事案を断じたもので、理由齟齬も甚だしく、ひいては判断遺脱、理由不備の違法があり、その判決は速かに取消さるべきである。
付言
アメリカに所在するプロ・フットボール・チームの各自が自己のマークとして使用しているマークと、十九の訴外会社各自が、それぞれ自己の商品に現実に使用している表示とは、全く別物である。
理由第二点 原判決には、証拠に対する判断を誤り、証拠上認め得ない事実を認定して、上告人に不利な判決をした違法がある。
原判決が、上告人の本件ロッカーを以て、不正競争防止法一条一項一号及び二号にいう不正競争品に該当するとしたその比較対照物は、再使用権者グループ(第一審判決添付別紙目録記載の十九の訴外会社)の販売する商品に表示されている「本件表示」であるとした。そしてその訴外会社の使用した本件表示なるものは、昭和五〇年初め頃には、青少年向きの衣料品、身の回り品、文房具類等については、十九の訴外会社の使用する表示として広く認識されるに至つたとしている。(原判決二二丁裏から二三丁表)
併しながら、右十九の訴外会社が、前示の商品に本件表示なるものを現実使用したと思われる証拠は、甲第四六号証の一ないし四以外には存在しない。而もこの甲第四六号証の一ないし四なるものは、商品は単なる便せんでしかなく、これに商品の出所識別の標識として表示されているものは、販売者の商号の「マルマン」だけであつて、原判決のいう「本件表示」に似た多数の図柄が、直列の数行に亘つて表示されてはいるものの、それは表紙に蔽われて、外面からは見えないようになつている。
そうだとすると、十九の訴外会社が、どんな商品に、どんな表示を、どんな態様で使用したかの事実は、割増して考えてもこの甲第四六号の一ないし四以外になく「十九の再使用権者各社が、青少年向の衣料品その他の多種多様の商品に、本件表示を使用して、少くとも昭和五〇年初め頃には、右訴外会社の商品たることを表わす表示として広く認識されるに至つた」との原判決の判示事実は、認めるに由ない。
尤も原判決は、前記再使用権者が、被上告人らと使用契約をしていること、新聞雑誌等にその契約についての報道がなされたこと等の種々な事情を理由として挙示しているが、或る商品に或る表示が使用されて、その表示が、自他の商品を識別させる標識として世に知られるに至つたとするがためには、最少限度その商品の現物を証拠として提出して、具体的に、使用表示がどんなものであつたか、使用した商品が具体的に何であつたか、その商品のどこにどのような態様で表示されていたか等の基本的事実が証明されなければならない。然る原判決が挙示した前示のどの資料にも、こうした具体的、基本的な事実を肯認し得るものは何一つない。(使用契約をしたことと、現実特定商品に特定の表示が使用されたかどうかということとは全く別問題であり、また新聞雑誌等における報道には、使用された表示が具体的に何であつて、どの商品のどこにどのような態様でその表示が使用されたか、という具体的な事実は何も示されてはいない。)
以上これを要するに、本論冒頭に摘示した原判決認定の事実を肯認し得る証拠は、被上告人の提出した全証拠のどこにも存在せず、結局原判決は、証拠上認定し得ない事実を、被上告人に有利に認定したもので、この点において原判決は違法であり速かに取消されなければならない。
理由第三点 原判決には、本来類似でない表示を類似であるとして事件を断じた違法がある。
上告人のロッカーに表示された柄模様は、原判決添付別紙目録(一)(検乙第一号の現品)に示されているとおりのもので、相異なる七種類の単位図柄を、ロッカーの正面と左右両側面の三面に亘つて、交互千鳥状に配置した全面柄模様である。
これに対して原判決が比較の対象とした物体は、第一審判決添付の別紙目録(二)の一、二に示された三〇種類の図柄のうちの七種(原判決の一八丁では「七種」と訂正されている)である。
併しながら、この七種といえども、その原始的使用者である在米のプロ・フットボール・チームにおいてすら、一チーム一種の割合で使用していたものであつて、七種を同時併列状に使用していたわけではない、と同時に、原判決のいう日本の再使用権者(十九の訴外会社)も亦同様に、この七種を同時併列的に使用していたわけではない。(被上告人の第一審以来の主張にも、七種を同時併列状に使用していたとの主張はない。)
これによつてこれをみると、原判決がいう十九の再使用権者が、各自商品に使用していた表示なるものは、実は別紙目録(二)の一、二に表示されている図柄中、原判決が指摘している七種のうちの一種ずつを商品一種ずつに使用していたというだけの事実を取上げて、その一種に対して上告人の本件ロッカーの前示全面柄模様が類似であるとしたのが、彼此の表示を類似と断定した原判決の真意の存するところである。
これをもつとはつきりいうならば、原判決は、上告人の本件ロッカーの柄模様の単位模様中に、偶ま再使用権者が一品一種の割合で商品に使用していた表示中の或る表示と類似のものが、上告人のロッカーの全面模様の中に偶ま存在するとの一事を捉えて、上告人のロッカーの全面柄模様と、その再使用権者が一品一種の割合で使用している表示とを以て、不正競争防止法一条一項一号及び二号の「類似の表示」に当ると断定したのである。
これは、例えば菊正宗が瓶の外面に表示している一輪の菊花と、呉服屋が留め袖の前身頃に表示している多数の菊花の配合組合せから成る菊花模様とを、不正競争防止法一条一項一号及二号の類似表示と断定したのと同様で、比較論の基礎を誤つた暴論である。この点において原判決は違法として速かに取消さるべきである。
理由第四点 原判決には、先行者側の営業態様とその商品の種類上から、後行者たる上告人側のロッカーの販売行為との間に、商品の混同も営業主体の混同も全くあり得ない事案を、その混同があると不法に認定した違法がある。
弁論の全趣旨から明なように、被上告人らが引合いに出した十九の訴外会社(被上告人が再使用権者と称する十九の訴外会社)が仮りに同一の図柄の使用を同一の被上告人らから許諾を受けているとしても、この十九の訴外会社は、衣料品屋は衣料品屋、靴屋は靴屋、文房具屋は文房具屋として、それぞれの分野における権威ある独立の営業者であつて、共同の営業者ではない。
一方、右十九の訴外会社は、衣料品屋は衣料品だけを靴屋は靴だけを、そして文房具屋は文房具だけを売つているだけで、上告人の商品に相当するロッカーは勿論、広い意味での関連商品たる「家具類」さえも販売していないのである。(問題の図柄を表示したロッカーや家具関係の商品を販売していないことについては、被上告人の自白がある)
以上のように、十九の訴外会社の営業が各自独立別個の単独営業であることに加えて、販売商品も、例えば靴に対する便せんというように何の関連性もない別個無関係の商品であること、さらにロッカー又はそれ以外の家具類に問題の図柄を表示した商品を販売している者が十九の訴外会社中に皆無であること等諸般の事情を綜合考慮しても、上告人の本件ロッカーが、不正競争品の悪評を受けるような事情は全然存在しない。とすると、原審が、上告人の販売するロッカーは、十九の訴外会社の販売する商品との間で、図柄の上から商品の出所の混同を生ずる蓋然性があるとしたのは、原審及び第一審に顕出された事実と事情の上からは、認めることのできない事実を不当に認めたもので、違法も甚だしく、裁判の公正さえも疑われる違法の判決であり、到底取消を逸れない。
理由第五点 原判決にはまた、意匠権の行使を理由とする不正競争防止法第六条の規定による上告人の抗弁権を不法に排斥した点においても重大明白な違法があり、取消を免かれない。
この点についての原判決の判示は、原判決書の一九丁表二、においてなされているところがそれであるが、この原審の判断は、要約すると
1 或る私人から、不正競争品であるとの理由で製造販売禁止の警告を受けた者は、誰のどの商品のどの表示との関係において不正競争品に当るのかの理由が不詳の警告であつても、唯警告を受けたという一事によつて、その者は、その警告を受けた物品について、意匠の登録(それが意匠法の許容する正当適法な手続による出願であつても)を受けることはできない。
2 自己が、実施(製造、販売)をする権利を専有する(意匠法二三条)自己の意匠登録品と雖も、他人から不正競争品であると警告を受けた以上は、その商品は製造販売することは許されない。(意匠権の積極的な行使、すなわち、他人がする権利侵害品の製造販売行為に対する差止権の行使どころではなく、自己が自己の登録意匠品の製造販売をするという消極的な権利行使さえも許されないというのである。)
以上1、2の二つを根抵としての論理構成であるが、
イ 右1の理論は、憲法の保証する意匠法に基く国民の「意匠登録を受ける権利」を、一私人の一片の警告――殊にそれは未だ裁判所の判決によつて不正競争防止法上の不正競争品であると確認された物体でもなく、不正競争品であるかどうか不明の段階にある物体である――によつて、国民の「意匠登録を受ける権利」を輙く奪殺してしまう、ということである点において、大いに問題があり、到底容認し得ないところである。
ロ 又、右2の理論は、権利の原始的取得面の問題と権利の行使面の問題とを混同し、かつ、右両つの面のどこにも公序良俗違反も信義則違反もない本件事案を、無理に権利の濫用に当て嵌めたもので、かかる間違つた理論によつて意匠法第六条に基く上告人の抗弁権を奪殺した原判決は、違法も甚だしく、この理由からも到底取消を免かれない。
理由第六点 原判決は、被上告人らの原告適格を不法に肯認した点においても違法の判決ある。
1 被上告人らは、原審第二回口頭弁論において、被上告人らが、被上告人ら相互間の契約で、被上告人の一人ソニー企業が、問題の本件表示なるものについての日本における独占的使用権を穫得したと称するその独占的使用権なるものは、「対世的な独占使用権ではない」旨釈明した(原審第二回弁論調書)
2 原審の確定した事実によれば、被上告人らは日本において本件表示なるものを商品に使用して販売した事実はなく、上告人がロッカーに使用した図柄を以て、先行商品の表示と牴触すると被上告人らが主張する物品の販売者は、すべて被上告人らではなくして他人たる再使用権者(十九の訴外会社)である。
3 そうだとすると、仮りに上告人のロッカーの表示が、右十九の訴外会社の販売する先行商品との間に、表示の上で商品の混同ないし営業主体の混同を生ずるとしても、その差止請求並に損害賠償請求についての原告適格は、十九の訴外会社であつて、表示の使用についての独占権(物権請求権)を有しない被上告人らではない。
以上の理由から原判決が、被上告人らに本訴請求についての原告適格があるとしたのは、誤りであつて、この点においても原判決は取消されなければならない。
理由第七点 右理由第六点と同一の理由により、上告人に対する表示の使用差止めを命じ、かつ損害賠償並に弁護人費用の賠償を命じた原判決の措置は、誤りであり、違法である。
1 被上告人らが、表示の使用について独占権(物権的請求権)を有しない以上、上告人に対して表示使用の差止請求権を有しないのは当然である。
又再使用許諾報酬が上告人のロッカーの販売によつて減収となる因果関係はなく、仮りにあるとしても、物権的請求権を有しない被上告人らは、上告人に対して直接その減収分についての損害賠償請求権は有しない。
2 被上告人らが、上告人のロッカーと牴触する何らの商品も販売していない以上、上告人のロッカーの販売によつて営業上損害を受ける筈はない。(十九の訴外会社が仮りに損害を受けたとしても、その損害賠償請求権は、訴外会社にあるだけで、被上告人らにはない。)
以上の理由からも原判決は違法であり取消を免かれない。